はじめに:車載RFインターフェースの差動コネクタ標準としてのRosenbergerHSD®
自動車のデジタル化が進み、車内のデータ伝送量はこの10年で飛躍的に増加しました。
複数の車載カメラ、4Kディスプレイ、各種センサー、そして大容量のインフォテインメント――こうしたシステム間を結ぶ「高速・高信頼性信号インターフェース」の需要が急増するなかで、最も多くの車両に搭載されている差動伝送コネクタがRosenbergerHSD®(High Speed Data)コネクタです。
この記事では、HSDコネクタの成り立ちと特長、用途、業界標準化の位置付けについて解説します。

RosenbergerHSD®の誕生と業界標準への歩み
RosenbergerHSD®は、2006年にローゼンバーガーと欧州自動車メーカーでの共同開発を経て出来上がった車載向け差動コネクタです。
当時、映像伝送やUSB、LVDSなどの高速信号の安定伝送が大きな課題となっており、同軸では難しい「複数信号の並列伝送+小型化+EMC耐性」を実現するインターフェースが求められていました。
その解決策として生まれたのが、100Ωインピーダンスに最適化されたスタークワッド(STQ)ケーブル × 差動伝送 というHSDシステムです。
2000年代前半、自動車は車載カメラ映像や高速USB、後席ディスプレイ、ゲートウェイ通信を同時に扱う必要に迫られていました。
しかし当時の車両にはLVDSやUSBなど用途に応じた独自差動コネクタが使用され規格もバラバラで、ハーネス重量・コスト・EMC不良・誤配線が深刻化しました。
これを解決するべく、2000年前半から欧州自動車メーカーとローゼンバーガーで「スタークワッドケーブル(STQ)×100 Ω差動コネクタ」を共通物理層とする新インターフェースの検討が始まりました。
2006年、0.14 mm²(AWG26)のSTQケーブルとともにHigh-Speed-Data(HSD)システムが正式決定し、量産採用が始まります。
以降、この100 Ωの差動システムは自動車向け高速データ伝送のデファクトスタンダードに定着しました。
・2000年前半:欧州自動車メーカーと共同開発開始
・2006年以降:カメラ系統の量産採用開始
・2010年以降:ADAS用途やナビ・IVIへの採用が拡大
・現在:事実上、車載差動伝送インターフェースの標準コネクタとして地位を確立
ローゼンバーガーは、HSDの元祖にして業界初の商用実装メーカーであり、その設計思想と規格は現在も多くのサプライヤに影響を与えています。
RosenbergerHSD®の基本性能・構造
電気特性
RosenbergerHSD®は、車載通信に最適化された100Ω差動信号伝送用コネクタシステムです。
その設計において最も重視されているのが、信号品質の安定性とEMC(電磁両立性)の確保です。
インピーダンスは100±10Ωに制御されており、差動信号の整合性を保ちながら、高速伝送時の反射や減衰を最小限に抑えるよう設計されています。

基本構造とインターフェース
RosenbergerHSD®は、電気的・機械的安定性を両立させる高度な設計思想に基づいて開発されています。
ケーブル側は4本の導体を十字状に撚り合わせた「Shielded Twisted Quad(STQ)」構造が採用され、これによりチャネル間のクロストークを抑制しながら、高速差動信号の安定した伝送を可能にします。
この構造の周囲には360度全方位をカバーする金属編組シールドが施されており、EMC環境下においても高いノイズ耐性を確保します。





RosenbergerHSD®は何に使われているのか? 代表的な用途
HSDはLVDSやUSB、FireWire、車載Ethernet(100BASE-T1, 1000BASE-T1)など、さまざまな高速伝送プロトコルに対応しており、以下のような領域で活用されています。
アプリケーションごとのピン配の代表例

RosenbergerHSD®が支持される8つの理由
RosenbergerHSD®コネクタは世界中のOEM・Tier1メーカーから高い信頼と評価を得ています。
その理由は、以下に示す多面的な技術的優位性と対応力にあります。
優れたEMC特性
EMC(電磁両立性)における優位性は、HSDが他のコネクタシステムと一線を画す最大の特徴のひとつです。
Rosenberger独自のQuad構造と、全周シールド付きのコネクタ設計により、1GHz以下の結合減衰性能は75dBを超えるレベルを実現しています。
RF leakage:≧ 75 dB, DC to 1 GHz
≧ 65 dB, 1 GHz to 2 GHz

耐環境性能、OEM各社の要求を満足させる仕様
温度、振動、湿度、塩害など厳しい自動車環境試験に合格し、世界中のOEMやTier1メーカーでの実装実績があります。
・LV214
・USCAR2
・各社コネクタ要求スペック
※OEM特有の要求スペックに合わせたカスタム仕様も展開しております。
高い防水性能
IP6K9K等級対応の製品ラインも展開しており、車外配置や高圧洗浄環境でも安心して使用可能です。
防水部は独自の3山リブ構造を設定し、一般的な防水コネクタで用いられるOリング構造よりも安定した防水性能を誇っており、防水コネクタのベンチマーク的な存在となっております。

豊富なラインナップを準備
HSDには、標準構成である4芯STQ仕様に加え、1ペアの差動通信に絞ったHSDt(2芯STP)仕様、電源ピンを追加したHSD+2/+4/+8構成、
さらには多チャネル用のHSD Double(8芯構成)など、さまざまな用途・設計制約に応じたバリエーションが用意されています。
下記はラインナップの一例となります。その他、CPA(Connector Position Assurance)を兼ね備えた製品や、嵌合音対応品もございます。

検査キットの提供
ローゼンバーガーは、HSDコネクタシステムを開発したオリジナルメーカーとして、単なる製品供給にとどまらず、測定・評価フェーズにおける包括的なサポートも提供しています。
その一環として、HSDの電気特性やEMC性能を正確に評価するための専用の検査キットや測定治具を数多く取り揃えています。
たとえば、IEC 62153-4-7に準拠した「tube-in-tube法」対応のEMC測定治具は、結合減衰性能を定量的に評価するために最適化されており、業界内でも信頼性の高い手法として広く採用されています。
また、TDR(時間領域反射)測定やSパラメータ測定に対応する専用アダプタや、評価ボードなどもラインナップしており、設計初期から製品量産に至るまで、すべての開発フェーズにおいて、精度の高い評価環境を一貫して提供可能です。
これらの測定支援ツールは、HSDという規格をゼロから定義し、各種試験条件や伝送特性に精通したローゼンバーガーだからこそ実現できるものです。

チップベンダーからの信頼
RosenbergerHSD®は、主要SerDesチップベンダー様の評価ボードやリファレンスデザインに標準搭載されており、その実績は業界内でも広く認知されています。
これは、ローゼンバーガーが早期から車載高速差動インターフェースの確立に深く関与し、HSDというコネクタ規格の開発を牽引してきたという背景があります。
長年にわたって車載環境における品質やインピーダンス整合性の最適化に取り組んできた経験により、チップベンダー各社との物理レイヤー(PHY to PHY)での信号整合性を事前に検証済みであるという強みを持ちます。
これにより、世界中のOEMおよびTier1サプライヤーは、新規設計や通信回路の立ち上げにおいて、波形シミュレーションや試作評価の初期段階から既に動作実績のある信頼性の高いインターフェースを活用でき、開発効率と安定性の両立を実現できます。
また、RosenbergerHSD®は、EMC性能やスキュー特性、Sパラメータの制御においても業界最高水準の安定性を示しており、高速通信の設計においてはデファクトスタンダードとして広く認知されています。
ケーブルへのアセンブリーのしやすさ
HSDシリーズは長年培った技術と実績により、十分な組立技術が確立されております。
これによりハーネスメーカーへは単品部品で販売、組立説明書を提供することで正確な組立てを支援しておりますので、組立設備があればどのASSYメーカーでも生産可能なスキームを実現しております。

HSDを生んだメーカーだからこそわかる豊富な知見
ローゼンバーガーは、HSDの開発における主要技術提案者であり、構造設計・信号特性・組立性・キー形状・色識別仕様など、現在の業界標準仕様を定めるうえで中心的な役割を果たしてきました。
このように開発過程に深く関与していたからこそ、HSDの構造が意図する機能や許容誤差、嵌合挙動などに対する深い理解を持ち、他社では再現しにくい運用上のノウハウを保有しているため、試作〜量産までの検証を強力にサポートする事が可能です。
HSDインターフェース採用時の注意点|他社製コピーリスクと実装トラブル防止策
HSDインターフェースがUSCARなどを通じてオープン化されたことにより、複数のコネクタメーカーが同カテゴリへ参入し、「HSD規格準拠」「互換性あり」といった表現が多く見られるようになっています。
標準化されているのは、あくまで嵌合インターフェース寸法の範囲であり、規格に記載されていない内部構造や寸法公差はメーカー毎に異なります。
電気特性やEMC性能、耐環境性、嵌合部の接点構造、メッキ仕様などは各社独自設計であり、実力差が非常に大きいのが実状です。
特に、高速SerDes信号を扱うADASや周辺監視カメラ、映像などのアプリケーションでは、わずかなコネクタ性能差(接触抵抗の変化等)がノイズ耐性や信号品質に大きな影響を与えることがあるため、慎重な選定が求められます。
■ 電気性能・防水性能の違いに注意
HSDの嵌合形状は標準化されていますが、接点の端子設計(形状・接点圧・接点数)、防水構造、メッキ種類、ケーブルへの端子圧着構造などにより、メーカー毎の性能に大きな差があります。
通信性能(Sパラメータ、EMCなど)や環境耐性、防水性能、組立性は一律ではないため、異なるメーカー同士の嵌合は推奨されておりません。
■ 粗悪品・コピー品のリスク
インターフェース寸法だけを模倣した粗悪な製品(電気特性を満足していない)が市場に出回っており、これらは通信不良や腐食・浸水によるショート・リークなどの不具合を引き起こすリスクがあります。
■ 異なるメーカー品の混在使用に関する課題
嵌合自体は物理的に可能でも、接点圧や端子構造の違いにより電気性能の悪化やノイズ混入、嵌合荷重の増加、信頼性(耐環境性や防水性)が劣化する不具合事例が多く報告されております。
また、異種メーカー混在時には保証範囲が不明確になるため、やむを得ない場合を除いて、基本的には避けるべきです。
■ 推奨事項
・信頼できるメーカーを設計初期から指定し、図面へ明記する
・各種性能について実力値のデータ取得と評価を行う
・やむを得ない混在使用時には十分な検証と保証範囲の明確化を行う
RosenbergerHSDのまとめ
RosenbergerHSD®は、車載用途における高速・高信頼性差動伝送を可能にするインターフェースとして、2006年の登場以来、多くの自動車メーカーとTier1サプライヤーに採用されてきました。
RosenbergerHSD®は単なる物理的な嵌合コネクタではなく、「信号品質」「EMC」「防水性」「信頼性」など、すべての面で設計者と開発現場のニーズに応える高度なソリューションです。
RosenbergerHSD®が現在も業界標準として支持され続ける主な理由をまとめます。
・HSDは、車載高速差動伝送の標準インターフェース
欧州OEMとRosenbergerが共同開発し、2006年から量産採用。現在は世界中の車両に広く搭載。
・100Ω差動伝送に最適化された構造
STQ(Shielded Twisted Quad)ケーブルと全周シールドにより、ノイズ耐性・安定性が非常に高い。
・EMC性能が非常に優れる
結合減衰75dB以上など、高い電磁両立性を実現。ADASや映像系アプリに最適。
・厳しい車載環境試験に合格
LV214やUSCAR2など、世界中のOEM基準に対応。
・多彩なラインナップで柔軟に対応
標準HSDに加え、HSDt、電源付き構成、防水・CPA対応など用途に応じて選べる。
・設計・検証支援が充実
tube-in-tube法対応治具やTDR・Sパラ測定アダプタなど、開発初期から使える評価ツールを提供。
・SerDesチップベンダーの信頼を獲得
主要チップベンダーのリファレンス回路に標準採用済み。信号品質が事前検証済み。
・ハーネスメーカーでの量産が容易
組立ガイドにより、どのASSYメーカーでも安定生産が可能。
・HSDを開発したメーカーならではの知見
構造・誤差・嵌合挙動を熟知し、他社では実現できない品質と支援を提供。
・互換”をうたう模倣品とは一線を画す信頼性
信号品質・耐環境性・安全性すべてにおいて、オリジナルHSDならではの優位性を発揮。
近年では車載EthernetやSerDesの進化に伴い、HSD以外のインターフェースを採用するケースも増えてきましたが、それでもRosenbergerHSD®は車載における汎用差動コネクタとして、
今なお高い安定性・信頼性・コスト効率を備えた実績ある選択肢です。
重要なのは、使用するプロトコルやアプリケーション要件に応じて、信号品質・EMC耐性・量産性などを総合的に判断し、最適なインターフェースを選定することです。
HSDはその中でも、「まず検討すべき定番ソリューション」として多くの現場で採用されています。
ご検討・評価の初期段階から、ぜひローゼンバーガーオートモーティブジャパンまでお気軽にご相談ください。
評価用ボード、STQケーブル付きアセンブリ、測定治具、EMC評価まで、豊富な知見と経験をもとにサポートいたします。